un journal

「未知ある  陰ひとつない道歩く曇り空 君のさびしさはどんなさびしさ  く」

方法詩もどき!

 きっかけは早朝の散歩道で,いつもの道をいつも通り,目に入るものを超絶短詩*1に分解しながら歩いていたら,ふと短歌が降ってきた.
 
 早朝の散歩道目に映るものすべて短詩に分解してよ
 
 もっともこれは軽い推敲を加えてあって,その場で思いついたのはもっと拙いやつだけど,とにかくこんな感じの言葉が散歩中の頭をよぎったので,それをしっかりと意識にとどめて記憶して,家に帰ってノートPCを起動させて,キーボードで打ってみて見つめているうちに,後ろに超絶短詩をひっつけたくなってきた.
 
 早朝の散歩道目に映るものすべて短詩に分解してよ   たん 死
 
 実をいうと以前(とはいっても数週間前)から短歌のなかに超絶短詩を組み込みたいと思っていたのだけど,どうも自分の頭の中の短歌モドキ生成装置と超絶短詩は相性が悪いらしく,作れずにいた.それで今朝,短歌に組み込もうなんて考えずに,ただ二つの詩を並べればいいという,単純だけど自分にとっては新しい発想に思い至ったという次第.そんなわけで上の短歌モドキができあたったわけだけど,ふむ,誰でも詠めそうなうたのはずがちょっと現代詩っぽくなったかも.調子に乗ってもう一首詠んでみた.
 
 おきてねてねておきてねてねておきてねておきてねてねておきてねる   掟 ね
 
 超絶短詩をひっつけるという発想がなければおそらくこんなうたを詠むことはなかったと思う.明恵の「あかあかや」のうた以上に単純だけど,そのぶん並置された超絶短詩が際立つ.「掟 ね」という超絶短詩を添えることで,何も考えずに読むと「起きて寝て」になるうたが「『起きてね』て」とも読めるという可能性を読み手に示せた.ついでに今までに詠んだうたにも超絶短詩をひっつけてみた.以下はその一部.
 
 せつなさよりさびしさがすき読み終えた小説を読み返せず閉じ   刹那 さ
 
 川沿いに幻視した海かがやけり 青と金色のノクターン浴び   退く たーん
 
 朝起きてカフェオレからのしばらくが生まれた瞬間のように尊い   う 稀
 
 いつまでも季節を隠す透き通る灰色の空に包まれていたい  は いい炉
 
 これらのうたを見れば明らかなように,短歌に超絶短詩を添えることで,うまくいけば,短歌の意味を相対化する視点を持ち込んだり,短歌と超絶短詩の相互作用を通じてうたに深みを与えたりできる.というわけで,これからは正真正銘の短歌モドキを詠んで行こうかなって.
 
 最後にこの魔改造短歌の暫定ルールを記しておく:
 a)三十一文字付近の文字列(できれば短歌特有の律動感があるのが望ましい)にその部分列を超絶短詩に分解したのを添えること.添える位置は任意.
 b)三十一文字付近の文字列を構成する際,篠原資明が『さい遊記』や『サイ遊記』,『滝の書』で使用した

  師
 思+考はサイを振るのだと
  猴

や,
  
    玄 花
 虚空に ×  舞い
    幻 歌

のような表記を用いてもよい.
 c)複数の超絶短詩を添えてもよいが,その場合,連続した文字列を複数の短詩に分解すること.
 
 a)について,位置が任意というのは,例えば次のようなものを許すということ.
 
 スクリーンの ikb 好く りーん 斜めから見ればまぶさび色に染まれり
 
 ね 海岸に打ち捨てられたまぶしさや眠気そだてる夏霧の朝  剥け
 
 b)について,一例を挙げておく.
 
                         済
 歩くため雨が止むのを待てば夜いつまでふて寝すれば× むのか   ふ 手ね
                         澄
 
 c)について,例えば,
 
 まぶしさが網膜のように剥がれ落ち は ガレ お  複製できない暗がりにいる  血
 
は容認されるが,
 
 まぶしさが網膜のように剥がれ落ち もう 幕  お 複製できない暗がりにいる  血
 
は容認されない.
 

*1:超絶短詩については https://sites.google.com/site/mabusabi/ma-bu-sabi-you/chouzetsu-tanshi などを参照.